シェレグ・アル・イリー(私の町の上の雪は)

わたしの町に降った雪は
一晩中そこをおおい
わたしの愛する人は
あの暖かい国(イスラエル)へ行ってしまった
わたしの町には雪が降り
今夜は寒い
あの暖かい国からは
わたしにナツメヤシを持ってきてくれるでしょう

ナオミ・シェメルの代表曲の1つ

リフカ・ミハエリ
リフカ・ミハエル氏(写真: 著者)

この歌はナオミ・シェメルさんの代表曲の1つです。

ナオミさんが亡くなられた後、彼女の親友の女優のリフカ・ミハエリさんにこの歌のことを聞く機会があり、背景や意味を教えてくださいました。

以下の文章は女優リフカ・ミハエリさんに直接インタビューしたものです。

離散ユダヤ人の郷愁の味、15種の果実

この歌は、ナオミ・シェメルが1976年に劇「3人目のベニヤミンの旅(マサオット・ベニヤミン・ハシュリシー)」のために作曲し「15種の果実(ぺロット・ハミシャー・アサル)」の題名でリリースしました。

そのときナオミは

「私がこの歌の中で思い描いたのはイェルシャライム・デ・リタ(リトアニアのエルサレム)と呼ばれ、私の両親の出身地であるヴィルナ(リトアニア)のことです。

1月から2月にかけて、 まだ冬の最中、 雪のまっただ中にあった離散の地のユダヤ人は、トゥー・ビシュヴァット(樹木の新年)に食べる15種の果実を味わいました。

それはまさに郷愁の味であり、祖国イスラエルの味でありました。その果実の中に全ての思いがつまっています」

と言いました。

込められたメッセージ

雪の降る中、遠くにいる愛しい若者を慕って娘が歌う、一見実にロマンチックな歌です。

しかしナオミはもともとの題名「15種の果実」を通して、この歌を聞く者、もしくは歌詞を読む者に、単なる恋歌以上の意味を見出させようとしています。

トゥー・ビシュヴァット(樹木の新年)に15種の果実を食べる風習は、離散のユダヤ人の間で祖国への望郷の表現として、民間伝承を育んできました。

この記事を書いた人

村上義弥
1960年生まれ。1983年~1984年イスラエルに留学し、イスラエル音楽に心惹かれるようになる。1996年、ナオミ・シェメル、エフード・マノール、ドヴ・ゼルツェル氏等、約30名のイスラエルの音楽家を半年間かけて取材。その後も2003~2006年、2008年と続けて音楽家取材でイスラエルを訪問する。またイスラエルのギター奏者の第1人者オーリー・ハルパズ氏よりギターを習得。現在広告代理店勤務。